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フランシスコ教皇来日! 2019年11月23日☆ アッシジの聖フランチェスコ!

2019年11月23日☆
フランシスコ教皇が来日した!

フランシスコ教皇は1936年12月17日、
イタリア移民の長男としてアルゼンチンの首都、
ブエノスアイレスに生まれた。現在82歳。

2000年の歴史の中で、中南米出身の法王は初めて。


またフランシスコはイエズス会の修道士でもあるが、
イエズス会出身者が教皇になるのも初めてである。

教皇名にフランシスコを選んだのも異例だという。

イエズス会ではなく、
アッシジの聖フランチェスコとして知られる
フランシスコ修道会の創始者からとった名前だから。


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<<アッシジの聖フランチェスコの生涯>>

カトリック界のみならず
一般世間に知られている諸聖人の中でも、

アッシジの聖フランチェスコ
(フランシスコ)
ほど有名な方は少ないでしょう。


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彼は1182年イタリアのアッシジで生まれ、
父はペトロ・ベルナルドと言い、豪商でした。

若いフランシスコは身分相応の教育を受け、
さまざまの知識と共に、
ラテン語やフランス語なども学びました。

彼は陽気な性質で遊び事や大盤振る舞いで
過ごしましたが、無慈悲冷酷を非情に嫌い、
すべての人に愛情深く親切で、
生来の寛大さから好んで
貧民にどしどし施しをしました。

父は息子の世間的人気を喜び、
彼に莫大な遺産を遺すつもりでしたが、
主の御計画はまた別でなところにありました。

フランシスコはある時
戦いに出て捕虜になり、重い病にかかり、
落ちぶれて故郷に帰ってきました。


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ある日彼が荒廃した聖ダミアノの小聖堂で、
主に祈り求めていると、
そこの大きいキリストの十字架磔刑像から

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「フランシスコよ、わが家を建て直せ」
と、いう御声を聞きき、
フランシスコはその家というのは
自分が今祈っている
「聖ダミアノ教会」であると確信しました。

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彼は父の家から貴重な品々を持ち出し、

それを売り払い、
そのお金を教会の司祭に差し出して
「修繕費に宛てて下さい」と願った。

しかし司祭はなかなかそれを
受け取ろうとはしなかったので、
フランシスコは金を教会の窓から投げ込んで帰えりました。


息子の心変わりを知ると父は烈火の如く憤り、
そういう信心ぶりはやめにせよと厳命しましたが、
フランシスコは自分の父の心より主の聖旨を重んじ、
父の言葉に従おうとはしなかったのです。


フランシスコは志を変えないので、

父は勘当しようと
司教の許へ引っ張って行きました。

しかし、
彼は持ち物一切衣服の果てまで父に返し、

主のみ心に従う決意を父に示しました。


「金銀または銭を汝等の帯に持つことなかれ。

 旅袋も二枚の下着も、くつも杖もまた同じ、
 そは働く人はその糧を受くるに値すればなり」

聖言を文字通り守ろうとしてただ身に
一枚の灰色の粗服をまとうばかり、
全くの貧困に安住していきました。


彼の弟子となって同じ清貧の生活をしたいと
申し込んで来た者増加するばかりで、
弟子の数が12人に達すると
「小さき兄弟会」という、
初の修道院ができあっがったのです。


また、
クララという名門の敬虔な一令嬢が、

フランシスコの説教を聞いて感心し、
同様清貧と償いの生活を送ろうと思い立ち、
彼の許にやってきました。

 

フランシスコの創立にかかる第二会は
クララ会となり
クララはその会の初代の修道院長に就任しました。

 

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彼がアルヴェルナ山に籠もって

キリストの御苦難を黙想していると、
イエズス御自身から両手、両足、脇腹に
聖痕を与えられました。

これはもとより大いなる恩恵に
相違なかったけれど、
また大いなる試練でもあったのです。

聖痕を受けてからは重病に罹り、
彼の体力は日に日に衰弱して、
最後は、詩編141を唱えながら
亡くなりました。

享年44でした。。


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<<出典元>>http://www.inori-no-sono.com/assisi/furansisuko.html

 

 

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