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<祇園祭> 神の領域との結界を切り、疫病の退散を祈るお役目 ~長刀鉾のお稚児さん~

今から約1,100年前、

平安時代に京都で流行した疫病を鎮める為、

「祇園社(ぎおんしゃ)」(※現在の八坂神社)

にて66本の鉾をつくり疫病の退散を祈願した

 

『祇園祭』では、

 

今も、神の領域との結界を切り、

山鉾巡行をスタートさせ、

疫病の退散を祈るお役目があります。

 

 

 <「稚児社参」で神の使いに>

長刀鉾のお稚児さんは山鉾巡行での役目を全うする為、

氏神である八坂神社の本殿にてお祓いを受けます。

 

この儀式は「お位もらい」とも呼ばれ、五位の少将、

十万石の大名と同じ格式を授けられるといわれており、

この日を境に、お稚児さんは神の使いとして過ごし、

 

お稚児さんは公の場では地面に足をつけることが

許されなくなり、「強力(ごうりき)」と呼ばれる

男性の肩に担がれて移動します。

 

また、女人禁制の言い伝えに従い、

お稚児さんの世話は着物の着付けから

食事の用意まで、すべて男性がすることになります。

 

 

 <山鉾を率いる大役>

お稚児さんは山鉾巡行の際、

神の領域の境界線として張られている

注連縄(しめなわ)を切り、

結界を解く役目を担い、

 

また、この日、

お稚児さんが披露するのが「太平の舞」です。

 

巡行の際には、

鉾上からの太平の舞によって道中を清め、

疫病の退散を祈ります。

 

鼓(つづみ)を叩くために

両手に握ったバチを交差させ、

その小さな体を大きく、

そして優雅に旋回させて胸に抱いた鼓を叩きます。

 

この際に外に身を乗り出す体制になるため、

稚児係が後ろからしっかりと

お稚児さんの体を支えています。

 

<<出典元>>

https://www.wakasa.jp/area/kyoto/gion/

 

 

 

『鞍馬寺ウエサク祭&祇園祭山鉾巡行 

  <2020年 中止>

~新型コロナウイルス感染拡大防止の為~』

http://salon-oasis.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-6bc619.html

 

 

 <<祇園祭とは>>

 

豪壮かつ華麗な祇園祭は、

千百年の伝統を有する八坂神社の祭礼です。

 

古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、

貞観11年(869)に京の都をはじめ

日本各地に疫病が流行したとき、

 

平安京の広大な庭園であった神泉苑に、

当時の国の数66ヶ国にちなんで66本の鉾を立て、

祇園の神を祀り、さらに神輿を送って、

災厄の除去を祈ったことにはじまります。

 

祇園祭は、7月1日の「吉符入」にはじまり、

31日の境内摂社「疫神社夏越祭」で幕を閉じるまで、

1ヶ月にわたって各種の神事・行事がくり広げられます。

 

 

 (ご参考)

 

『蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)』

 

八坂神社御祭神、スサノヲノミコト(素戔嗚尊)が南海に旅をされた時、

一夜の宿を請うたスサノヲノミコトを、

蘇民将来は粟で作った食事で厚くもてなしました。

 

蘇民将来の真心を喜ばれたスサノヲノミコトは、

疫病流行の際「蘇民将来子孫也」と記した

護符を持つ者は、疫病より免れしめると約束されました。

 

その故事にちなみ、祇園祭では、

「蘇民将来子孫也」の護符を身につけて祭りに奉仕します。

 

また7月31日には、蘇民将来をお祀りする、

八坂神社境内「疫神社」において「夏越祭」が行われ、

「茅之輪守」(「蘇民将来子孫也」護符)と

「粟餅」を社前で授与いたします。

 

このお祭をもって一ヶ月間の祇園祭も幕を閉じます。

 

 

 

 <<祇園祭の由来>>

祇園祭は貞観年中(859~877)京の都に疫病が流行したとき、

勅を奉じて神泉苑に66本の鉾を立てて祇園の神を迎えて祭り、

洛中の男児が祇園社の神輿を神泉苑に送って

厄災の除去を祈ったのに由来し、

平安時代の中頃からは規模も大きくなり、

空車、田楽、猿楽等も加わって盛んな賑わいを見せてきました。

 

室町時代になると町々の特色ある山鉾のあったことが

『祇園社記』に記されています。

 

応仁の乱(1467)で都は灰燼に帰し、

祇園祭も取り止められましたが、

明応9年(1500)には復活、その時より山鉾巡行の順位を決める

鬮取式が侍所で行われることになりました。

 

以後、町衆の努力により山鉾の装飾にも贅を尽くすようになり、

近世には度々の火災で多数の山鉾が消失しましたが、

その都度、町衆の心意気によって再興し、今日に至っています。

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