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水無月 氷室の節会 夏越の大祓  

本日6月30日は、
夏越の大祓いです!


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 (ご参考)
夏越の大祓 & 水無月 & 虚空<エッセンス> 
http://salon-oasis.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-1c1de9.html
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Photo_20210701105301


『水無月 氷室の節会 夏越の大祓』  

冷蔵庫も製氷技術もなかった昔、
人々にとって夏の猛暑をしのぐのは
たいへんなことだったろうと想像されます。

天然の氷を夏まで保存する氷室は、
そんなところからずいぶん古い時代に考案され、
何千年も受け継がれてきた文化だといえます。

涼しい山かげの杉木立に包まれる山中に
深い穴を掘って、底に茅を敷き、
その上に冬に降り積もった雪や天然の氷を載せて
上に枯れ草や杉皮などで覆い
夏まで貯蔵するのが氷室です。

昭和の初めころまで
日本の各地に多くの氷室が伝えられました。


『日本書記』の仁徳天皇の記述に
大和の闘鶏(つげ)にあった
氷室のことが書かれているのが
記録に現れる最初といわれます。

各地の氷室は
朝廷で管理することが定められていて、
氷室の番人である氷室守や
氷室の氷を宮中へ運ぶ役職のことなどが
律令で定められていました。

氷室の氷がいかに
貴重なものとされたかが推測されます。


その後『延喜式(えんぎしき)』には
毎年4月から9月まで氷室の氷を
天皇、中宮、東宮のもとへ運ぶ
重要な務めのことなどが記されています。

当時、朝廷が管理した氷室は、
山城国では栗栖野(くりすの)、小野、長坂、
賢木原(かたぎはら)、松ヶ崎などにあり、
大和国では都介(つげ)、
近江国では竜花(りゅうげ)、
丹波では氷室山などにあったことが記録されています。

京都市北区西賀茂に氷室町の地名があり、
氷室神社がありますが、
これが『延喜式』が伝える氷室の一つだといわれます。

謡曲「氷室」は
丹波氷室山の氷室守が朝廷に
氷を供御(くご)するいわれを語ります。


宮中では毎年、
陰暦6月朔日を氷室の節会(せちえ)として
氷室の氷を群臣に賜り
夏越の祓(なごしのはらい)とする行事がありました。

江戸時代には
幕府で氷室の節句といって
この行事が受け継がれ、
氷室の氷の代わりに氷餅や折餠(へぎもち)
というもので祝ったといいます。


朝廷の氷室の節会は、
京都の民間の行事にも伝わり、
陰暦6月晦日に「みなづき」を食べて
六月祓または夏越祓にちなみ、
ひと夏を健康に過ごす願いとするならわしです。

外郎の台を三角に切って氷片を表し、
その上に載る小豆の赤色は魔除けを意味します。
(豆: 魔滅)

「御所氷室」や「夏越川」など
氷室にちなみ銘菓があるのは、
氷室のゆかりを伝えるものです。

<出典元>
https://www.tsuruyayoshinobu.jp/shop/pages/himuro.aspx


Photo_20210701104801

氷餅【こおりもち】
冬に凍らせて保存しておく餅。保存食の一種。
〈氷の朔日(ついたち)〉といわれた
6月1日に氷を食べる風習が古くからあったが,
この日に氷餅を食べる地方もあった。

正月の鏡餅に代表されるように,
餅はもともと儀礼的な食べ物でもあり,
田植え時期に氷餅を食べることにも
そうした意味合いが読みとれる。
焼いたり油でいためてもどして食べる。


折餠【へぎもち】
餠を薄く切って乾かしたもの、または凍らせたもの。かきもち。



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<夏越の祓>
夏越しの祓はもともと、
宮中行事として行われていました。

その由来は、神話の時代まで遡り、
イザナギノミコトが行った禊祓という
儀式に起源を持つとされています。

しかし応仁の乱によって断絶し、
ごく一部の神社で形式的に行われるだけと。


それが明治になって、
神仏分離を取り決めた太政官布告により、
「年越しの祓」とともに
6月30日に行われる大祓として復活が宣せられ、
全国の神社で夏越しの祓が行われることに。


そもそもこの時期に祓を行うことになったのは、
多くの地域で梅雨にあたる季節のため、
衛生状態が悪くなるという背景があった
と考えられています。

夏になると暑くなって
雑菌も繁殖しやすくなるため、
この時期に衣服を新調したり、
身辺を清めたりすることで
疫病を防ぐことができます。

また大晦日や新年から
半年の節目となる6月30日とすることで、
年の前半に付いた邪気を祓い、
残り半年に向けての備えができる。


このように夏越しの祓は日本神話に由来があり、
宮中で行われてきた神事です。

途中、神仏習合の時代には行事としては廃れており、
復活したのは神仏分離がされた明治時代以降です。

そのため、全国の神社で夏越しの禊が行われています。
神仏習合の流れを汲む京都・大覚寺など、
夏越しの祓が行われているお寺もあります。


夏越しの祓では、
茅の輪くぐり(ちのわくぐり)という行事が行われます。

茅の輪くぐりは、神社の境内に立てられる、
茅(ちがや)で編まれた大きな輪をくぐることで
病気や災厄を防ぐことができるとされる神事です。

輪のくぐり方は、一般的には、
8の字を描くようにして輪を3回くぐっていきます。
回り方は左回り、右回り、左回りの順番で
くぐる前に一礼し、

「水無月の夏越しの祓する人は、
 千歳の命、のぶというなり」
と唱えながら回ります。


また茅の輪はくぐるだけでなく、
身に付けることでもご利益があると言われています。

この茅の輪をくぐるという儀式は、
もともと日本の神話に由来があります。

昔、蘇民将来という人が
宿に困った旅人をもてなしたところ、
実はその旅人は武塔神という神様で、
茅の輪を授けてくれました。

そして蘇民将来が武塔神に言われるまま
茅の輪を腰に付けたところ、
災厄を逃れて一族が大いに繁栄したというのです。

そこから、大きな茅の輪を作ってくぐる、
小さな茅の輪を腰などに付けるという
風習が生まれたのです。


そのほか、紙や藁で人の形をした
形代(かたしろ)を作り、
そこに自分の穢れを移して、
お焚きあげをする、
川や海に流すことで禊とする
といった方法もあります。


半年に1回の厄落としと言っても、
そのために神社に行くのも大変です。

しかし、神事や仏事をきちんと行うことは、
気持ちの落ち着きにもつながります。


そこで、実際に神社に行けない人のために、
自宅でできる方法をお伝えしましょう。

6月30日は、1年の折り返しとなる日で、
「六月晦日」とも言われています。

ですから大晦日の禊と同じように捉えることで
「夏越しの祓」となるのです。

具体的には、家や部屋の大掃除です。

年末のような大規模なものでなくても、
トイレや風呂、押入れなど、
水回りや湿気のたまる場所を重点的に掃除して、
カビや悪臭が発生しないようにきれいにします。

不用品を処分する、季節物を収納するなど、
身の回りの整理整頓も大切です。


また、夏越しの祓の日には
「水無月」と呼ばれる和菓子を食べる風習もあります。

旧暦6月1日は氷の節句です。

その昔、宮中では、この日になると、
氷室に保管した氷を口にして
夏を乗り切る祈願をしました。

これにあやかり、氷を入手できない庶民が、
氷に見立てた白い生地のういろうに、
邪気を払うと言われるあずき(豆:魔滅)
を乗せて食したのが水無月です。

以来、水無月は夏越しの祓に合わせて
食べるとよいとされる行事食として広まり、
特に京都では広く定着しています。

<出典元>
https://www.e-butsudan.com/guide/1707/



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延喜式(五十巻)は、
醍醐天皇の勅を奉じ、

藤原忠平等が弘仁・貞観の二式を集大成し、
延長五年(九二七)撰進したもので、
奈良・平安時代の国家制度を知る根本法典。
 『律令の施行細則で、三代格式の一つ』



<イザナギノミコト 禊祓>
イザナギノミコトは、
黄泉の国から地上へ戻られました。

(日本語の「よみがえる=蘇る・蘇る」は、
 「黄泉の国から返る」という意味が元に)


イザナギノミコトは、
「わたしは、とても汚く穢(けが)れた
 醜(みにく)い国へ行ってしまったので、
 みそぎ(禊ぎ)をしなければならない」

とおっしゃって、九州の日向
(ひゅうが=現在の宮崎県北部)の
「橘の小門の阿波岐原(たちばなのおどのあはきはら)」
にお出ましになり、みそぎをなさいました。

その時に、身につけていたもの
(杖・帯・袋・衣服・袴・冠・腕輪)を
投げ捨てする時に十二柱の神々※が出現しました。

※衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)、
 道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)、
 時量師神(ときはかしのかみ)、
 和豆良比能宇斯神(わずらいのうしのかみ)、
 道俣神(ちまたのかみ)、
 飽咋之宇斯神(あきぐいのうしのかみ)、
 奥疎神(おきさかるのかみ)、
 奥津那芸佐?古神(おきつなぎさびこのかみ)、
 奥津甲斐弁羅神(おきつかいべらのかみ)、
 辺疎神(へさかるのかみ)、
 辺津那芸佐?古神(へつなぎさびこのかみ)、
 辺津甲斐弁羅神(へつかいべらのかみ)

そして、イザナギノミコトは、
「上流の方は水の流れが速く、下流はおそい」
とおっしゃられて、
海の真ん中で身体(からだ)をお洗いになった時に、
十柱の神々がお生まれになりました。

最初の二柱の神は、
黄泉の国にいたときの汚れたものから生まれた神
(禍の神)で、
ヤソマガツヒノカミ(八十禍津日神)と
オオマガツヒノカミ(大禍津日神)です。

次に生まれた三柱の神は、
黄泉の国で取り憑いた禍(わざわい)を
取り除くときに生まれた神で、
カミナオビノカミ(神直?神)、
オオナオビノカミ(大直?神)、
イズノメ(伊豆能売)です。

次に生まれた六柱の神は、いずれも海の神です。

海の底で身体を洗われた時に生まれた
ソコツワタツミノカミ(底津綿津見神)と
ソコツツオノミコト(底筒男命)

海中で身体を洗われた時に生まれた
ナカツワタツミノカミ(中津綿津見神)と
ナカツツオノミコト(中筒男命)

海面で身体を洗われた時に生まれた
ウエツワタツミノカミ(上津綿津見神)と
ウエツツノオノミコト(上筒男命)

以上のうち
三柱のワタツミノカミ(綿津見神)は、
安曇氏(あずみうじ)たちの祖先の神です。

また、ソコツツ、ナカツツ、ウエツツの三柱の神は、
住吉神社に祭られている神です。


最後にうまれた三柱の神々は、
左の目をお洗いになった時に出現した
アマテラスオオミカミ(天照大御神)、
右の目をお洗いになった時に出現した
ツクヨミノミコト(月読命)、
鼻をお洗いになった時に出現した
スサノオノミコト(須佐之男命)です。

<出典元>
http://www15.plala.or.jp/kojiki/izanagi_izanami_06.html


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